今日11月24日は、いいふし、と読めることから、かつお節の日なのだそうです。
2016年に読んだ「かつお節と日本人」と言う本。
日本食に欠かせないかつお節にこんな歴史と広がりがあったのか!と驚くエピソードに溢れています。
音声でもほぼ同じ内容をお伝えしています。こちらからお聴きください。
目次
1 鰹節の産地はミクロネシアだった? ダシのためではなかった?
2 沖縄でかつお節がよく食べられている理由
3 日本人として知っておきたい食の歴史
1 かつお節の産地はミクロネシアだった? ダシのためではなかった?
今のようなかつお節が作られるようになったのは300年ほど前のことなのだそうです。
現在、かつお節の産地といえば枕崎(鹿児島)。
でも実は「南洋節」と呼ばれるものが、1930年ごろから80年もの間、4000kmも離れたミクロネシアで盛んに作られていたというのです。それもダイビングで随分通っていたスラウェシのマナドの直ぐ近くで、、、、。
この本を読むまで全く知りませんでした。
明治時代から第二次大戦までの間、かつお節は戦地での携行食で、ダシを取るためのものではなかったことも、戦前生まれの人たちにとっては、かつおだしは特別なご馳走だった時代があったということも、この本で得た知識です。
2 沖縄でかつお節がよく食べられている理由
以前から、沖縄料理にはかつお節が多く使われているなあという印象を持っていました。
実際、総務省統計局の家計調査(二人以上の世帯) 品目別都道府県庁所在市及び政令指定都市ランキング 魚介類を見ると、その鰹節消費量は、2017年から2019年の平均で、
全国平均が867gのところ、那覇市は2588gでトップ。二位の鹿児島市1334gの二倍近い消費量です。
(https://www.stat.go.jp/data/kakei/5.html)
沖縄とかつお節生産の歴史についてもこの本で初めて知りました。
1901年にかつお節生産を始めた座間味島が成功したことを契機に、沖縄各島がその後を追います。
とくに池間島では1906年以降かつお節産業が大いに栄えました。
ところが、大正時代の恐慌で倒産が相次ぎ、1931年、多くの人が沖縄から南洋諸島に渡って、新たな土地でかつお節生産を始め、成功を収めたというのです。
しかし、さらに。
敗戦で運命は変わり、あるものは収容所に入れられ、あるものは引き揚げの途中で命を落とし、、、。
3 日本人として知っておきたい食の歴史
著者は、この本を書く中で、多くの人に会い、取材し、かつお節を介して、300年の歴史と4000kmの距離の中に繰り広げられてきたたくさんの人たちの夢、希望、挫折、再起、そんなものの片鱗をすくい上げることに成功しています。
かつお節という食材の裏にこれほどの人たちの人生の浮き沈みがあったとは、、と驚きます。
彼らへのインタビューがその肉声を伝えているのがこの本の大きな魅力です。
にんべんと言う会社の理念についても書かれており、素晴らしい会社だなあと感じ入りました。
私たちにとって、とても身近なかつお節。
この本、日本人すべてにぜひ一読をお勧めしたいです。
オンラインの読書会 シェアReadingの会「食を読む」、次回は12月5日(土)10:00~12:00に開催。
詳細と最新開催情報はこちらからご覧ください。
https://www.reservestock.jp/page/consecutive_events/2001
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